2012年12月14日金曜日

チェルバイオーナ、誕生秘話。

イタリアを代表する世界屈指の赤ワイン、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。

1960年代には20程度だった生産者は、
その後、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの名声が世界に知れ渡るにつれて増え続け、
現在は200以上もの生産者がブルネッロ・ディ・モンタルチーノを造っている。

造り手によって唸るほど異なるキャラクターを持つ、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。
ワイン同様、造り手もまた様々な個性で私たちを魅了する。

ディエゴ・モリナーリ氏がオーナーを務める、「チェルバイオーナ」。
非常に入手困難なワインとしてブルネッロ・ディ・モンタルチーノ界の
一躍スターダムに上りつめた。

元パイロットという異色の経歴を持つディエゴ・モリナーリ氏。
ディエゴ氏は元々、アリタリア・イタリア航空のパイロットであった。
奥様のノラさんも同じく航空業界出身。
JALの元CAから転職し、カイロのアリタリア・イタリア航空で地上勤務していた頃、
2人は出会い結婚した。







「本物」のワインを造りたいという思いから、モンタルチーノに土地を探し続け、
1977年、2人は現在の場所へと辿りついた。
当時、モンタルチーノは少子高齢化が深刻で、若者たちは田舎住まいを捨て都会に出る半面、
彼らのようなリタイア組が住むようになった最初の時期だったという。



















丘の上に建つ、色とりどりの美しい草花に囲まれた住居。
裏庭から見渡すモンタルチーノの絶景を目にすると、
2人がこの土地を選んだ理由が一目瞭然である。
ブドウ畑は、目視できるわずか2区画、5haのみ。
最初の区画は、ディエゴ氏自らが植えたサンジョヴェーゼのみを栽培している。

収穫は全て手作業で行い、農薬は使用しない。
出来る限り自然に近い形でワイン造りを行い、
納得のいくブドウが収穫できなかった年には、ネゴシアンに売却してしまう。

生産量は微々たるものであっても、決して妥協を許さない。
徹底した品質管理を貫いている。


















チェルバイオーナのワイン造りは、決して全てが順風満帆というわけではなかった。
1980年に初リリースする予定だっだが、ひょう害によりブドウは全滅。
自暴自棄になりそうだったディエゴ氏だが、翌年にようやく1樽のみ仕込むことができた。

チェルバイオーナとしての初リリースは1983年のロッソ・ディ・モンタルチーノ。
熟成期間の関係もあり、1981年のブルネッロ・ディ・モンタルチーノは後からのリリースとなった。

念願のブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。
非常に貴重なリリース当初のファーストラベルを手にすることができた。

























ラベルのデザインを手掛けたのは、ローマ在住のコストン・ブラザーズ。

余談だが、彼のデザインにこんなユニークな一枚がある。
元航空業界で働いていた2人へ向けたイラスト。
飛行機にはブルネッロ・デイ・モンタルチーノの文字が描かれている。



















こうして誕生したブルネッロ・ディ・モンタルチーノ。
1982年、モンタルチーノ全土が最高の天候に恵まれ、無名であったチェルバイオーナも
プロの目に留まるようになる。
以降、1985年を最初の年として、ガンベロロッソの常連となりトレ・ビッキエリ(3グラス・最高評価)を獲得、またリリースする度にパーカーポイント90点台後半を叩き出す高評価を得て、世界へと大きく羽ばたいていった。


--------------チェルバイオーナのブルネッロ・ディ・モンタルチーノについては、次へ続く。-----------
  


▼今回ご紹介したドメーヌはこちら▼

チェルバイオーナ
http://www.enoteca.co.jp/online-shop2/list.php?special=PL&bunner_id=wn
   


             



 


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